The tradition & historical record
1 min read · 2 sources土祭(ひじさい)とは、栃木県芳賀郡益子町で行われている、住民参加型の「益子の風土」に根ざした町おこしアートイベントとして行われる「祭り」である。 1
概要
3年ごとの、秋の9月に入ってからの新月から満月の会期で開かれる。 2009年(平成21年)から始まり、3年ごとに開催され、これまでに2012年(平成24年)、2015年(平成27年)、2018年(平成30年)、2021年(令和3年)の計5回開かれている。 また「土祭」が行われる前の年には「前・土祭(まえ ひじさい)」が開催され、これまでに2011年(平成23年)と2014年(平成26年)、2017年(平成29年)に開催された。 益子町の主要産業である益子焼の「窯業」と、「農業」になくてはならないものである「土」を用いたイベントとして、「土」の古代の呼び方である「ひじ」から、総合プロデューサー・馬場浩史の友人であり盟友である武田好史により「土祭:ひじさい」と命名された。 1
始まり
平成の大合併の時、益子町は単独で町制運営をすることになった。そして緊縮財政を取らざるを得なくなった。 当時の町長・大塚朋之は、ブランドプロデューサーであり、成井恒雄と親しくなり、成井に導かれるように益子に移住し、カフェギャラリー「starnet」を開き主宰として活動していた馬場浩史に相談した。 お金は無いけども、益子に今あるもので、益子の未来へ希望を見出す取り組みは出来ないだろうか?と。 こうして「益子という土地に根ざし、祖先へと繋がる、連綿と続く小さな循環の中で開かれるお祭り」、「土祭」は始まった。 1
土祭2009
2009年(平成21年)9月19日から10月4日まで、第1回となる「土祭 2009」が開かれた 益子町が2006年(平成18年)に住民と行政が協働で策定した「ましこ再生計画」の三本柱の目標である「環境都市・ましこを目指して」「健康長寿の里を目指して」「学びの里を目指して」を基盤として企画された。 「土」は益子町の主要産業である益子焼の「窯業」、そして農業に無くてはならないものであるとして「新しい時代を築いていくアート」を住民が作り上げていく「祭り」として「土祭(ひじさい)」と命名された。 運営方針として「空き家対策、商店街の活性化」、「環境プログラムの導入」、「ボランティアによる会場設営、運営」の3つを掲げ、古民家に江戸時代から大正時代にかけて作られた古い益子焼を展示「益子焼の歴史」を振り返り 1
、益子町の小中学生と文星芸術大学の学生が共に3,000個の土人形をワークショップで制作して展示。また「光る泥団子作り」の展示とワークショップも行った。 会場設営には益子町の放置竹林から間伐された竹材が用いられた竹製のテントが使用された。そして著名な左官職人である挾土秀平と、土の建築に造詣のある日置拓人を招き「益子の原土山」を巡り観察した後、益子町で初めて開催される「土祭」の象徴として「益子の土」を用いて「益子の地層」が表現された「土舞台」が設営された。 また「土舞台」が設置された広場では、「朝市」や「農村カフェ」、「夕焼けバー」も開かれた。 そして土着音楽芸能である「太々神楽」などの演奏会「土音楽祭」も開かれ、奄美島唄伝承の第一人者である朝崎郁恵がフィナーレを飾った。 1